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弱者と強者(
2

20051125

宇佐美 保

 

 では、先の「弱者と強者(1」を引き継ぎ「第2部」を書き続けます。

 

10)二人が離婚した後は?


 彼女の世話になっていた家は、ご夫妻と二人の年頃の娘さんがいました。

(彼女が何日までも家に居たら二人の邪魔になると、5人共思っていたのではないでしょうか)

そこへ離婚した彼女が戻って来ました。病君は近所をうろつき、近くの駅に長い時間しゃがみ込んでいたりしていたそうです。

そして、彼女の家の中はとてもとても暗くなりました。

(“H製作所の社員という事で酷い人はいないと信じ、前もって調べもしませんでしたよ・・・”と、彼女を養育されてこられたご夫妻から恨みごとさえ、私は聞かされました。)

何とか彼女の家の中を明るくしてあげたいと思い、
何度もその家を訪ね、話をしたり、冗談を言ったり、歌を歌ったり・・・。

会社でのソフト・ボールの試合のときには、同僚たちには私の友達ということで、彼女と若い娘さん二人を招待したり。(勿論,病君は休職中)

同僚たちと一緒にテニスを興じたり、ボーリングもしました。

彼女達(特に若い二人)に恋した人も何人かいました。

(今にして思えば、それらの恋が実らなくて良かったのかな?とも思います。

当時は、実る事を期待しての配慮では有ったのですが)

そうこうしているうち,1年?2年?どの位経ったかもう忘れてしまいましたが、彼女は再婚することに決まりました。

相手は高校生の娘さんのいる、かなり年配の方だったそうです。

 

 病君からは、我が家に相談の電話が何度もかかってきました。

 

11)私が会社を辞めた後は

 でも、それからどの位の月日が経ったでしょうか?

私は会社を辞めて、世界一のテノールとして活躍されたマリオ・デル・モナコ先生のお屋敷に居候して歌を教わる為にイタリアに飛び立ちました。

 

 しかし、残念なことにその2ヶ月後に、マリオ・デル・モナコ先生は長らく患っておられた腎臓病の悪化の為この世を去られてしまわれました。

 

 

そして、帰国した私のもとへ、又、病君から電話がきました。

病君は復職していました。

病君は、ある時言いました。

「命の電話」に始終掛けていると。

そして、なんら解を得る事が出来ず、私の所に何度も何度も掛けて来るのだと言いました。

「命の電話」の担当の方も一生懸命協力してくださっていたのでしょうが、病君の会社の状況まではご存じないのですから、彼の職場での悩みをほぐしてやることは困難でしょう。

 それに、彼の悩みに答えてやるには、心と共に、頭の回転が,(そして、冗談、ユーモアのセンスが)絶対に必要です。

なにしろ普通の人より先の先の事を心配するのですから、彼より早回りするのは、楽ではありません。

いわゆる、普通一般の論理は通用しないのですから。

 

“宇佐美さん、今日会社で森さんに「病君、何時も気楽でいいね。仕事代わろうよ」と言われたんだけど、若し代わったら、森さんの仕事大変だろうから、また、僕が最初に勤務したN工場時代みたいになって、僕駄目になってしまうかもしれない”と暗い声で電話して来ました。

これに対して、ただ “他人が何と言おうと気にする事はないよ”と言った丈では、彼は安心出来ないのです。

なにしろ自分の事を他人が何と言っているのか?何と思って居るのか?が気になるのが彼の病気なのですから。

 そこで、私は答えました。

“人は顔を合せると会釈をしたり「今日はいい天気ですね」とか「病君お元気ですか?」と言ったりするでしょう。

顔を合せて何もしないと何か気まずくなる事もあるでしょう。

黙って顔を見詰めていたら相手は自分の事どう思っているか気になるでしょう。

だから「自分は,貴方に好意を持っているのですよ(少なくも敵意は抱いていないのですよ)」事を示す為に話しかけるのですよ。

「今日はよい天気ですね」なんて全く意味のない言葉でしょ?

言っている本人だって今日がよい天気であってだからどうだという事もなく口にしただけの言葉でしょ?!

 

それと同じように,「病君仕事代わろうよ」とか(先に書いたような「病君、他の会社へ行ってもいいのだよ」)と言われても、言っている本人は、そのことに対してなんの意味も感じず言っているのですよ。

そう「今日はいい天気ですね」と言っているのですよ!

 

 だから逆に、“森さん、良かったら僕の病気変わりませんか?”といってあげたら良いのだよ!”

 

 そしてまた電話がきます。

 “宇佐美さん、毎日、M工場(私たちが所属していた場所)からA工場まで、会社の定期バスで往復するのは、疲れてしまうのです”と泣き声で電話して来ました。

 そこで、私は答えます。

 “何をゴニョゴニョ言っているのですか!自分の仕事が定期バスの運転手だと思えば、楽くな仕事ではないですか!?ハンドルは握らないで済むし、のんびり居眠りしていても、バスが事故を起こす事もなく、好きなカセットを聴いていても良いのだから気楽で素敵な仕事ではないですか!?”

 “その上、M工場とA工場をパスで往複していれば、それだけで4時間近くつぶれるのだから、午前、午後、1時間位づつワープロ打って残りの時間は、バスの時間を待ちながらお茶でも飲んでいれば、一日の仕事が終わるけど、M工場だけにいたら、まるまる8時間をどう遇こすの?お茶とタバコではもたないよ。A工場に「気楽なバスの運転手さん」として往復しているのが一番だよ”

 

 で、『これにて一件落着!』・・・とはいかないのです。

“宇佐美さ〜ん,毎日ワープロばかりじゃ嫌です”

“意味の分らない英語をタイブしているのは苦痛です”

“毎日ワープロ打っていると目が悪くなり、もう嫌です。視力が15から07に落ちてまったのですよ”との電話がまたかかってきます。

 

 そこで次のように返事します。

“それなら、「気楽なバスの運転手」ではなく、時には「気楽なバス・ガイド」として、N工場とA工場を日々往復していたら良いではないの。

バスに乗って、遠くの景色ばっかり見ていたら?

なにしろ、「気楽なバス・ガイドさん」だから、その景色を他人に説明する義務もないのだから、「最高に気楽なバス・ガイドさん」ではありませんか?!”

 

12)病君の最終的な悩み

 病君は、電話で際限なく彼の悩みをぶっつけてきます。

そしてその多くは、何度も何度も繰り返し発せられる悩みでした。

ですから、電話口での二人のやり取りを全てメモして貰うことにしました。

(更に、彼は自宅の電話にスピーカーを取り付け、私たちの会話が全て彼のお母さんも聞くことが出来るようにしていました。)

 彼の悩みの最たるものは、彼をいつまで会社が受け入れていてくれるかでした。

 

 第一の悩みに関しては、H製作所が彼に退職を勧告してきても、たとえ嫌がらせをしてきても、決して自分から退職しますと言わないように。

自分の働き具合からして、退職勧告はもっともだと決して思わないように。

世の中では“give and take”と言われているが、それは当事者同士が相互に“give and take”するのではなくて、giveすることが出来る人がgiveするのであって、give出来ずにtakeだけしか出来ない人は、takeだけしていれば良いのだ!

 

 だから、病君はH製作所からtakeだけしていれば良いのであって、そのことに後ろめたい思いを感じる必要は全くないのだ。

そして、病君がいつの日か誰かにgiveすることが出来る日が来たら、その人にgiveすれば良いのだ。

(なにしろ、世の中で、giveしたい人が居てもtakeする人が居なかったら、
giveしたい人は悶々として不幸になってしまいますよ。

だから、病君は専ら、takeする人の役に徹して、
give
したい人を助けていると思っていれば良いのだよ!)

 

13H製作所の方へお願いしました


 或る席で、病君の直接の上司ではありませんが、他人の面倒を見ることをあまり厭わない方と会いましたので、その方に病君をどうか助けてやって欲しいとの概略次のような手紙をワープロで書きました。

(ここ迄、書いてきた内容は、そのときの手紙のコピー(フロッピーディスク)に多くを依存しています。)

 

 H製作所が,病君の面倒を見るのは大変でしょうし、又、面倒を見てくださることに、深く深く感謝致しております。

でも,病君の病気は治らないとの認識の下に彼を受入れて上げてください。

(“治らないのだから辞めさせてしまえ”というのでは悲しくなります。)

 

 電車の中では.御老人には席を譲るべきなのだ。

と、お思いでしたら、これから書くことに心を向けて戴けたらと思います。

 

 身体の御不自由な方は、法律によって『会社は従業員の内、何%かは、その方々を雇わなければいけない』ということで、ある程度保護されているそうですね。

足の無い方に“100米を全力疾走しろ!”とは言わないでしょう。

まして“走れないなら、走れるようになる為に足がはえて来るように努力しろ!”とは言わないでしょう。

そして“あいつは.身体が悪いので大した仕事が出来ない!とんでもない奴だ!”

ましてや“辞めさせてしまえ!”とは言わないでしょう?

病君の病気は治らないのですよ。

頭の中のある部分が破損していて、その破損部分は修復不可能なのですよ。

(足のない方の足が修正されないと同じように)

それなのに“頑張れ!頑張らない奴は怠慢だ!そんな奴は,会社を辞めてくれ!”と言って良いのでしょうか?

 

 彼と彼の同病の仲間達は“身体の不自由な人に比べ精神の不自由な人は全然恵まれていない”と嘆いているそうです。

“お前達何をゴニヨゴニヨ言っているのだ!そんなこと言っているから精神病になっちゃうんだし、又、治らないんだ!”と、おっしゃる方も大勢おられると思いますが、身体の御不自由な方に、そのような事を言ったり、思ったりする方はおられるでしょうか?

 

 電車の中で.フラフラとお立ちになっている御年寄りに“何をフラフラしているんだ!しっかりしろよ!年なんて取るからいけないんだ!年を減らすよう努力しろよ!

4050才も減らせばピンピンしてくるぜ!”とは言わないですよね。

 

 H製作所の方々に、お願いすることを許して頂けるのなら、どうか次の事をも読んで戴きたく存じます.

 

 病君の病気は、治らないのです。

そして、とてもつらい病気なのです。

貴方達のどなたでも、彼以上に耐える事は出来ないでしょう。(勿論、私にも出来ません)

貴方が貴方の兄弟が、そして、貴方のお子さんが、彼と同じ病気に罹らないとは誰が言えましょう。

(なにしろ、貴方達は、毎日、世の中の一般の人以上に、御苦労されていらっしゃるのですから。そして、彼の病気は、彼がのんびり仕事をし、のんびりした人生を送っていたら、あるいは、発病しなかったかもしれないのです。)

確かに,彼のだらしない仕事ぶり(仕事とは言えないでしょうが)を目にするとイライラし腹も立って来るでしょう。

どうか.その時は,彼を軽蔑する前に“可愛そうに、よく耐えているな”と思ってやってください。

そして、若し出来る事なら“よく耐えて立派だなあ!”と尊敬してやって下さい。

そして、若しお願い出来るなら“私達の代わりに重い十字架を背負って下さって有難う御座居ます”と、感謝して戴けたらなあと思うのですが。

でも、せめて“可哀相に”位は思ってやって欲しいなあと思うのですが、いかがでしょうか?

 

 そして、H製作所に、お願いさせて頂けるなら精神病患者に対して法律に先駆け、どうか暖かい手を差し伸べてやってください。

彼は、少なくもN工場時代はH製作所の為に一生懸命働いたと言うのですから。

 

14)彼は会社を追われました

 終に彼の最大の心配事は「彼のお母さんの死後、彼はどうやって生計を立てたら良いのか?」となってしまいました。

 

 何故なら、その頃には、彼のお父さんはこの世を去られておりましたから、お母さんは遺族年金で暮らしておられたのです。

その遺族年金は、職のない彼の生活を支えてくれるのですが、お母さんが亡くなっては、その年金も消えてしまいます。

 それでも、

彼は同病の方々と一緒の作業所へ通ってはいましたが、
そこからの稼ぎは微々たるものでしょう。

 

 従って、彼のお母さんの死後が彼は大変心配だったのです。

ですから、私は、毎回彼に言いました。

“ご両親は、都内の便利な場所に土地と家を確保して下さったのだから、いざとなればそれをお金に換えれば十分、その後の生活は安泰だよ。”

そして、彼は必ず言い返しきます。

“自分には、弟と妹が居るので、土地と家は、自分の自由にはならない!”

私は答えます。

“弟と妹は発病していないのだから、お母さんに間に入って貰って、4人で相談して、土地と家を病君が自分の為に自由に処分できるような証書を作成したら良いではないか!?”と。

 

 その後も何度も彼から電話がありました。

(なにしろ、彼も私もほとんど一日中、互いの家に居ましたから、電話は延々と続きました。)

そして、結局最後は、この心配事に、巡り巡ってくるのでした。

 

 この堂々巡りをどの位繰り返したか?はもう忘れてしまいましたが、大変長い期間でした。

ですから、終に、“土地と家を病君自信が自由に出来るという証書を作らない限り、もう私は電話を受けない!”と私は宣言しました。

 

 でも、その後も何度でも電話がかかってきました。

そしてその都度、“例の証書作った?”

“まだです。”

“じゃあ、電話切るよ”を何回も繰り返しました。

真夜中にもこの電話はかかってきました。

 

 そして、今では、拙文《電話による脅迫詐欺にご注意》に書きましたように、電話を直接とりませんから、その後の彼の様子はわかりません。

 

15)私の反省など


 私が今この文を書きながらも、痛感することは、なんとか彼の病気を治してあげたいとの思い(思い上がり)から彼に辛く接した為、彼に金属バットで撲殺されようとそれは自業自得(覚悟の上)ですから、後悔はしませんが、「彼が死への道を選ぶ事態が発生しなくて良かった」と言う事です。

(勿論、私自身が死んでしまえば、私は後悔のしようはありませんが)

 

 更には、

彼の病気が治るという記事が新聞等に出ますと彼は大変喜びました。

N工場で、バリバリと仕事をこなしていた、昔の輝かしい自分に戻れるのだ”と。

でも、私は彼に言いました。

“そんな大きな夢を見ていると、又、挫折を繰り返すから、お寺の庭掃除をする事とかが、とっても素晴らしい社会復帰なんだ(お寺の方には失礼かもしれませんが)、そのような小さな喜びを大きく味わおうよ”と。

でも、こんな私の戯言等彼は取り合いません。

“昔のようになるんだ!なるんだ!”と、そして挫折しました。


  統合失調症(精神分裂)の発症頻度は、100人に一人弱のということですから、私達の工場には4000人ほど居ましたから、340人の発症者が居られた可能性もあるのですが、病君ほど気の毒な方は居ませんでした。

ですから、病状の軽重は随分差があるのだと存じます。

 

 従って、「統合失調症(精神分裂)は治る」とか「統合失調症(精神分裂)からの社会復帰は可能」との類いの記事を書かれる方々は、どの程度の症状なら、どの程度「治る」、「社会復帰」というのかを書いて頂きたいと思いました。

そして、過去の輝かしい日々同様に「治ったり、社会復帰したり出来る」為には、同じ病名の方でも病気の進行具合で異なるはずです。

 

 

 そして、反省するのです、彼の結婚相手のお宅へお邪魔したのだから、彼に王様待遇を続けておいて、彼が婚約した時点で、婚約者のお宅にお邪魔して事情を説明すべきではなかったかしら?

いや、それで破談になったら、より大きなショックを彼に与えていたかもしれません。

(何しろ、他人の私がしゃしゃり出て彼の夢を打ち砕く事になるのですから)

となりますと、彼に王様待遇を続け、結婚してしまった後に・・・?

これでは、相手の方がお気の毒と、私は思いました、今も。

 お医者さんが、その辺を察知して頂けなかったものかしら、彼の日頃の行動(更に結婚願望、婚約の件)を彼と話し合って下さっていたら!?

それが望めないなら、こちらからお医者さんを訪ねて、彼と彼の両親に対してお医者さんの見解を告げて頂くようにお願いすれば良かったのかもしれません。

 

 更に、インターネットを探しますと「精神障害による労災認定、過去最多に」との記述を見ることが出来ます。

http://www.jil.go.jp/kokunai/blt/bn/2005-8/p36-41.pdf

 彼のおじいさんは、同じ病を患ったと聞いていますが、彼の弟妹さんは病気ではないと彼は言っていました。

そして、彼自身もN工場で働く前は、正常だったのです。

そして、そこで過酷に働いているうちに発病したのです。

ですから、彼の発病は労災(労働災害)ではありませんか?

当時の私は、労災の存在には全く無知でした。

 

 厚生労働省のホームページには、次の記述があります。

http://www.mhlw.go.jp/general/seido/roudou/rousai/2.html)

労災かくしは犯罪です。
 労災かくしとは、「故意に労働者死傷病報告を提出しないこと」又は「虚偽の内容を記載した労働者死傷病報告を所轄労働基準監督署長に提出すること」をいい、このような労災かくしは適正な労災保険給付に悪影響を与えるばかりでなく、労働災害の被災者に犠牲を強いて自己の利益を優先する行為で、労働安全衛生法第100条に違反し又は同法第120条第5号に該当することとなります。
 このような労災かくしに対して厚生労働省は、罰則を適用して厳しく処罰を求めるなど、
厳正に対処することとしています。

 

 少なくとも、当時、H製作所のN工場は、彼の労災認定を申請すべきであったのではないでしょうか?

さもなくば、彼のお医者さんが、その旨を彼に、或は彼の父親に説明してあげるべきではなかったでしょうか?

 

 しかし、なんと言っても今一番反省している事は、私が病君に対してベストを尽くしていると思っても、それらの行為はあくまでも「私の視点」からであって、「弱者たる病君の視点」からではなかったことです。

 

 鈴木宗男議員は“政治は弱い者の為”と語っていますが、その“弱い者の為の政治”を実施するにあたっては、“弱者の立場にたっての政治”を心掛ける必要があるのだと思います。

そうすれば、冒頭に掲げた石原都知事の暴言は影を潜めるはずです。

 

 

 

16)「統合失調症」に対しての私見


 私は、病君との長年の付き合いから

「統合失調症」は、「心のアレルギー症」

であると感じました。

私は、鼻アレルギー(花粉症)ですから、花粉等(温度差さえも)に悩まされます。

この鼻アレルギーは、外部からの異物(花粉等)に私の体が過剰に反応してしまう為、鼻水や、くしゃみが止まらなくなったり、目がかゆくなったりします。

 

 そして、病君の「統合失調症」は、彼の心に外部から心配事が入り込むと、必要以上にその心配事に反応して通常の心の活動が出来なくなるようです。

 

 私の鼻アレルギーは、ステロイドで鎮圧出来ます。でも副作用もあります。

すでに、何十年も悩まされていますが、今もって治ってはいません。

でも、ステロイドを鼻の中に墳霧すれば、症状は治まります。

 

 しかし、「統合失調症」(心のアレルギー)を引き起こす異物(心配事)は、絶え間なく私達を襲ってきます。

そして、それによって誘発されるアレルギー症状は(鼻アレルギーの比ではなく)日常生活を阻害するほどです。

 

 石原都知事は、瞳を始終パチパチさせておられますから「チック症」に悩まされておられるのかもしれません。

そして、石原氏の「チック症」が、瞳だけでなく、体全体が痙攣を起こし、彼の日常活動(歩行も会話も)不可能と成るほどの症状であったら、彼の弱者への取り組み方も変わってくるのかもしれません。

 

 私は、歌の道に進む為に退職して、すっかり収入の面での「敗者」となりました。

でも、そんな私を、コンビニエンス・ストアの方が支えて下さいました。

そこのコンビニに楽譜のコピー等に行くと、「賞味期限切れ」(寸前?)の食品を沢山分けて下さったのです。

その沢山の食品を、自宅の冷蔵庫に蓄えて食べ繋いでいたりしました。

あるときなど、別の友人に頂いたハムの塊は賞味期限が数ヶ月(1年?)も過ぎていて、その塊の中程はグシャグシャになっていたほどでした。

 

 こんな私を不憫に思われたのでしょうか?

私の恩師の斎藤進六先生(元東京工業大学学長)は、
死の1週間前に病院のベッドに、前の会社の上長を招き、
“宇佐美は、
自分が会った生涯人物の中で一番学問的に可能性のある男
(この件の真偽については、電磁気学に関して今私が執筆中の「コロンブスの電磁気学」をご高覧頂いて、ご判断いただければ幸いです。)
であるので、なんとしても科学の道に引き戻して欲しい”
と遺言して下さったとの事です。

 

 そして、私は、その上長(某大学教授)のもとで電磁気学を研究して、従来の電気の学説の全てを覆さんとしているのです。

従いまして、斎藤先生、元の上長の「強者」としての温情なくしては、今の私はなかったのですし、ひいては「新たな電磁気学の誕生」もないのです。

 

 更には、カルーソー以降、世界最高のテノール歌手として一世を風靡された

オペラ界の「強者」マリオ・デル・モナコ先生は、
どこの馬の骨とも分からない私に対してご自宅に居候させて下さった上、
優しく懇切丁寧に歌の道を教えて下さいました。

ですから、今も私は、デル・モナコ先生の恩情に報いたい為に歌の道声の道に励んでいます。

  「真の強者」とは「弱者」に、こよなく優しい方ではありませんか!?

 

(勿論、「真の強者」も、かつては「弱者」であったのです。

自らの刀を封じて抜刀しなかったと言われている勝海舟にしても、生また時は「真の強者」でなく「弱者」だった筈です。
ですから、私達も「真の強者」になるべく努力すべきではありませんか?
そして、

日本の自衛隊こそは、勝海舟の封じて抜刀しなかった刀的存在

になれるのでは?と私は思うのですが。)

 

 大企業には、リストラの嵐が吹き、クビにはならずとも、子会社に配転される方も多いようです。

私のスポーツクラブでのお友達も、その一人です。

そして、彼の会社の社長も親会社からの配転者。

でも、その社長は、仕事への情熱はゼロ、ただ、自分の地位の確保のみに汲々している状態だそうです。

そんな彼が私にこぼしました。

仕事は、金の為にやるのではなく、
人の為になる事をするからこそ楽しいのだ!”

と。

 

 拙文《小さな政府は小さな心》をお読みくださったjyo様(匿名ご希望)からつぎのようなメールを戴きました。

 

・・・「健康保険」は小泉、竹中で廃止を進めていると思います。ようは米国と同じようにするということになります。

そうなると、老人は民間の健康保険に入ることが、困難になります。

健康保険に入るにしても、多額の保険金が必要かまたは入れても多額の医療費が必要になり、金持ちしか民間の健康保険に入ることはできません。

 

日本で諸外国に誇れることは「平和憲法」と「国民皆健康保険」です。

今はこの二つが廃止の危機になっています。・・・


 

 日本が「平和憲法」を保持し続ける事が出来るか否かは、日本人が「贋物の強者」ではなく「真の強者」である事が出来るか否かに掛かっていると存じます。

(「贋物の強者」は武器を持って「弱者」を脅したり、襲ったりします。また、持たないと不安になります。)

 何故、日本の「勝ち組」の方々は「真の強者」とはならずに「金の亡者」に成り下がってしまうのでしょうか?

これでは「勝ち組だけの愛国心」です。

そして先に書きました病君への言葉

(なにしろ、世の中で、giveしたい人が居てもtakeする人が居なかったら、
giveしたい人は悶々として不幸になってしまいますよ。

だから、病君は専ら、takeする人の役に徹して、
give
したい人を助けていると思っていれば良いのだよ!)


は、 反古となってしまい、次のように書き換えなくてはなりません。

 give出来る、又、giveすべき「勝ち組」の人が、
「敗け組」の人からtakeすることにうつつを抜かし、
takeすべき「敗け組」の人が

「勝ち組」の人にgiveしなければならない世の中へと変貌している。


と、悲しいことです。


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